カンテラを持つ右手にとうとう痺れを覚え、左手に持ちかえようと思ったが、すぐさま事の愚かさに気付く。

重たくなってきた足を渋々動かすと、大地を踏みしめる度に響く僅かな木音。

小気味良い音を鳴らしつつも、歩みの主の表情は決して芳しいとは言いがたいもの

疲労感を隠し通すことは既に諦めたようで、口からは無意識に溜息が漏れた。

 

 

彼女の手と、ぎゅっと結ばれた左手が僅かに汗ばむのを感じながら

 

 

夜泉

 

 

それは何時からか知るよしもない。

然し確かなのは、自分たちが生を受ける以前から其の名がついていたと言う事だ

それは異様なる風貌のせいか、はたまた其処に生きる命のせいか…禁じられた森と呼ばれていた。

 

その森を形作る、木々の隙間を縫う様にハリーとハーマイオニーは暗闇を黙々と突き進んだ

彼等を先導する友人、彼は巨人と言うにはあまりにも小さく、只人と呼ぶには妙に大きな其れ。

無論こんな状況に陥っているのに理由が無い筈無い訳で。

それは遠く昔に遡る──────────等といっても僅か数時間前だが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やぁ、これはこれは。お二人とも本当に仲が宜しいようで。」

 

 

「…君のしつこさには流石の僕も脱帽だよ、マルフォイ。」

 

 

相変らず因縁の続く、薬物学の教師の授業を受け終えた直後の事だったか。

その日たまたまロンが体調不良で自室へ篭っていて、たまたま彼女と二人で居ることになっただけの話であって

更に二人の間には、年齢を積むにつれどうしようもなく表れてくる男女間のぎこちなさが見え隠れし始めていて──────

 

 

そのぎこちなさを見逃す程この性悪は寛大では無かったという事で。

 

 

後ろからかけられた、嫌悪感を多いに含んだ声に、同じく嫌悪感を浮かべた表情で振返った。

これまた相変らず、いつもの腰巾着を横に従えたマルフォイのにやけた顔を睨みつける。

 

 

「自分が友人に恵まれないから僻むのはわかるけど、そろそろ大人になったらどうだい?」

「毎年見事な働きをしている君に言われると非常に説得力があるね、お偉いハリー・ポッター!!」

「…ハリー、駄目よ。放っておくべきだわ。」

 

 

育ってきた環境とはかけ離れ、品の無い笑いを浮かべる彼等に酷く眉を顰めたが

袖を引っ張る彼女の訴えによって自制をかけ、踵を返し、冷静を繕い場を後にしようとした────────が。

 

 

「おやおや、ポッター君は本当に穢れた血がお気に入りのようだ!」

「…ハーマイオニーが、なんだって?」

 

 

ピタリ と足を止めた

抑えた筈の怒りが限界を通り越したのを感じ、強く握り締めた拳をポケットへ入れ杖を握る。

それに気付いたマルフォイも、また同じく慌ててポケットに手を突っ込む。

瞬時にその場に緊張が走り、只ならぬ空気に気付いたものたちが遠巻きに自分たちを囲むのが横目に見えたが

マグル出身である彼女への最大の冒涜の言葉──生憎それを聞いて黙っていられる程、穏やかな人間では無い。

 

 

「ハリー、駄目!!早く行きましょう!!」

 

 

彼女の静止の声も既に耳を通り抜け、生まれるのは目前に佇む男への憤りのみ

彼に歩みを寄せつつ、ポケットに忍ばせた杖の切っ先をマルフォイへと向ける。

 

 

 

「いいかマルフォイ、もう一度でも彼女をそう呼んで見ろ。生まれてきた事を──────後悔させてやる。」

「はは、見にくいキズモノと穢れた血でお似合いじゃないか!!」

「貴様──────────────────────ッ…!?」

 

 

右手に血が滲むのではなかろうか そう思う程強く握り締めた杖を振り上げ、マルフォイへと振り下ろそうとした その瞬間

僅かに空気を切り裂く音ともに、脇を擦りぬけていった閃光がマルフォイを大きく弾き飛ばし、スネイプの研究室へと──────────。

 

 

唖然とした顔で振返ると、そこには肩で息をし杖を構える彼女の姿

その切っ先からは僅かに灯る青い火花。

 

 

「…ハー、マイオニー…?」

 

「…わ、私ったら、つい──────。」

 

 

マルフォイとの衝突によって、激しく音を立てて割れた薬学教室のビーカーやその他の器具達

その謙遜の欠片も無い壮大な音に、あの陰湿な教師が気付かない筈も無く そしてまた。

 

 

 

 

僕等を見逃す程寛大な訳もなく──────────────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、罰として壊したビーカーの中にあった植物を採取しに今へ至る。

 

 

「ねぇ、ハグリッド…あとどれくらい歩くの?」

 

「ん?まぁ、待て。もうちょいの辛抱だ。」

 

 

流石に体力の残量も危うくなってきたのだろう。

後方からの彼女の問いから、前方に居る半巨人の友人もそれを察し、穏やかな声で返答を返す。

いくつかの枝を自慢の傘でへし折りつつ 「もう少し、もう少し」 と繰り返し呟きながらズンズンと突き進む

彼のその体系の巨大さからか、僅かな地響きをたてつつ歩くその姿は勇ましく頼りにはなるが

利き腕とは言え、随分と長い間酷使された右腕は僅かに悲鳴を上げ、とうとう弱音を吐きそうになったその時だった。

 

 

「ほうれ、着いたぞ。ここだ、ここ。」

 

 

随分と上方から聞こえた弾んだ声に、疲れた顔を上げたその先。

 

 

 

 

「…わぁ・…」

 

 

 

 

歩んできた道の明かりは、カンテラの光だけ。

随分と暗闇に慣らされたその眼には、その場所は随分と眩しく映った

雄雄しく茂った歪な形の枝達がハグリッドの手によって…否。傘によって砕かれ、目の前に月光に照らされた泉が広がった。

 

 

 

 

NEXT